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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)1121号 判決

主文

被告人成見松行を懲役三年六月に、被告人杉正行を懲役二年六月に各処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各一八〇日を、それぞれその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、昭和四四年三月二八日午後一一時頃、大阪市東淀川区十三南之町三丁目一番地先淀川右岸堤防上に赴いた際折柄同所で雑談中の大道寺秋雄(当時三九年)と西山雪子(当時三八年)を認めるや、共謀のうえ、右大道寺に暴行を加えてその抵抗を排除し、右西山を強姦しようと決意し、

第一、被告人杉において、右大道寺に駈け寄りざま手挙で同人の顔面を一回殴りつけ、よって同人に対し加療約一〇日間を要する顔面挫創の傷害を与え

第二、被告人成見において、危険を感じて逃げ出した右西山を約一八五メートル追跡し、同女を同堤防上でとらえ、その場にうつぶせに転倒した同女を仰向けに引き起して強く押さえつけ、

(一)  同被告人の右暴行に畏怖し、強姦されることを恐れた同女が犯行の中止を願うと同時に、同被告人に隙ができることを期待し隙に乗じて同被告人から逃れようと企て、「お金があるから許して頂戴。」と申し向けて、現金七、五〇〇円を差し出すや、同女が畏怖状態にあるのを利用してこれを喝取しようと決意し、その場で右金員を受け取り、もって同人所有の現金七、五〇〇円を喝取し

(二)  つづいて、その場に来た被告人杉と共同して同女の体を押さえつけ、パンティを脱がせる等の暴行を加えてその反抗を抑圧し、被告人成見、同杉の順に強いて同女を姦淫したが、その際、被告人らの右暴行により同女に対し、加療約一〇日間を要する左肘関節部、腰部、下腿部擦過傷兼打撲傷の傷害を与え

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人成見の判示第一の所為は、刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の(一)の金員を喝取した点は刑法二四九号一項に、第二の(二)の強姦により傷害を与えた点は同法六〇条、一八一条(一七七条前段)にそれぞれ該当するところ、判示第一の傷害の罪につき懲役刑、判示第二の(二)の強姦致傷の罪につき有期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の(二)の強姦致傷の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で同被告人を懲役三年六月に処し、被告人杉の判示第一の所為は刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の(二)の強姦により傷害を与えた点は刑法六〇条、一八一条(一七七条前段)にそれぞれ該当するので、判示第一の罪につき懲役刑を、判示第二の(二)の罪につき有期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の(二)の強姦致傷の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、なお同被告人の犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年六月に処し、被告人両名に対し同法二一条を適用して各未決勾留日数中一八〇日を右の各刑にそれぞれ算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人両名に負担させないこととする。

(被告人成見の判示第二の(一)の公訴事実につき強盗罪を認定しなかった理由)

被告人成見の右公訴事実中の暴行行為をもって被害者西山雪子の反抗を抑圧するに足りるものであるか否かを判断するに当っては、本件犯行の時刻・場所その他の周囲の状況、被告人の行為態様、被害者の行動等諸般の事情を客観的かつ具体的に観察しつつ、右暴行が社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであったかどうかを明らかにしなければならない。

そこで、まず、本件犯行の時間・場所その他の状況を検討するに、本件犯行は三月二八日の午後一一時頃、大阪市東淀川区内の淀川右岸堤防上において行われたものであることは判示のとおりであるが、前掲各証拠によれば、本件犯行現場は前記堤防北側斜面上の頂上より約一一・七〇メートル下降した地点であることが明らかであり、同地点より更に北方には六メートルに亘る堤防のゆるやかな斜面と傾斜約八〇度高さ約三・六〇メートルの石垣が続き、右石垣の下に堤防と平行して東西に走る幅員一〇・五〇メートルの市道西中島福村線があり、その間何等の障害物もなく、右市道北方には芝生の植えられている緑地帯と幅員数メートルの通路を隔て、右市道および堤防と平行に被害者がその一室に居住する地上一一階建の分譲住宅新北野コーポC棟が事件現場に面して建ち、本件現場より直線距離約三〇メートル西北の地点には前記市道北側に沿い民家が多数存在していること、前記市道は平素から自動車の交通量が多く、事件当時も自動車がかなり走行しており、当時の現場は夜間とは云え前記新北野コーポの部屋の照明や対岸のネオンにより被告人の顔や服装の形状色彩もある程度見える位の明るさであったことがそれぞれ認められる。

そして、更に証人西山雪子に対する当裁判所の尋問調書および同人の検察官に対する昭和四四年四月九日付供述調書によると、本件現場付近は当時割合静寂であり、声を出せば良く反響する状態であって、叫び声をあげるなどして救助を求めれば前記新北野コーポの居住者にも容易に聞こえ、右居住者が救援にかけつける可能性が充分存在していたのに拘らず、被害者は夜間午後一一時頃本件現場の如き場所に男性と一緒に居たこと自体を他人に知られることが女性として極めて恥ずべきことと考えるという近時稀にみる古風な道徳観念から声をあげ助けを求めることを断念し、独力で被告人成見からのがれようと努力していたことが認められる。そして、右の救助の可能性については、被害者が、前記新北野コーポ八階の一室に約五ヵ月間居住している入居者としての日常の体験に基づき昭和四四年四月九日付検察官調書ならびに当裁判所の尋問調書中に一貫して肯認しておりかなりの真実性を有するものであるほか、被告人成見等が本件金員領得に引き続いて行われた強姦行為の実行行為中に何者かにより発見通報され、警察官により現行犯逮捕されていること(右通報者が被害者の同伴者大道寺秋雄以外の者であることは同人の司法警察員に対する供述調書により明らかである)を考えると、本件現場は夜間の河川堤防上のこととはいえ、被害者が真に救助を求めようと思えば救助を求め得る状況であったことが認められるのである。

他方、前掲各証拠によると、被告人成見の本件暴行行為は、判示の如く身の危険を感じて逃げ出した被害者を約一八五メートル追跡してとらえ、その場にうつぶせに転倒した被害者を仰向けに引き起して強く押さえつけたものではあるが、兇器を用いていないうえ、被害者が金員を差し出した時は被告人杉は前記大道寺を追って走り去り、いまだ現場には同成見しか居らず、被害者としては終始被告人成見のみが襲っているものと考え、同被告人のみが相手であれば何とか逃れる術があると考え、必死に抵抗を続け、本件金員の交付も犯行の断念を願うとともに、同被告人に隙ができることを期待し、隙に乗じて逃走を企てようと考えてなされたものであること、金員の交付後もなお自動車の往来する市道に近づこうとして抵抗を続け、被告人に体を押さえられながらも徐々に身体を斜面の下方に移動させ、斜面の末端より右市道に落ちそうな状態にまでなった時被告人杉が現場に至ったため抵抗を断念するの止むなきに至ったこと、被害者は当裁判所における尋問調書において金員を交付した時は相手は一人であったので、もう一人が来なければ何とか逃れ得たと思う旨述べており、また昭和四四年四月九日付の検察官に対する供述調書において、金員を交付する際は未だ抵抗する余力を残していたと述べていることなどが認められ、右の各事実によると、金員交付当時被害者において声をあげて救助を求めるいとまが存在しなかったものとは言うことができない。結局、本件犯行の時刻・場所その他の周囲の状況ならびに被告人および被害者の行動等を綜合すると、本件金員交付の時被害者はまだ抵抗を続ける余力を残しており、救助を求めようと思えば求め得た状況であり、あえて救助を求めなかったのは被害者の近時稀な道徳観念に基づく極端な羞恥心によるものであり、かつ被害者としては未だ独力で逃れ得ると思っていたような状況であったことが認められる。

以上の次第であるから、被告人成見は強姦の実行行為に着手したのち、被害者より金員の交付を受けたものではあるが、右に認定した諸事情を考慮すると、被告人成見の右暴行をもって被害者の反抗を抑圧するに足るものとなすことにつき合理的な疑いをいれない程度に証明が存するものと言うことはできない。

被害者西山雪子の司法警察員に対する供述調書中、本件金員交付の当時万一殺されはしないかと思い恐ろしくて声も出ない状態であった旨の部分は、当裁判所の同人に対する尋問調書中の供述に照らし信用することができない。

よって、被告人成見の該所為は恐喝罪をもって問擬するのが相当である。

(裁判長裁判官 山本久巳 裁判官 和田忠義 北野俊光)

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